タクミシネマ       ザ ブレイブ ワン

ザ ブレイブ ワン    ニール・ジョーダン監督

 「セヴン」は7つの大罪を描いた映画ではなく、リンチ肯定を主題とする映画だと何度も言ってきた。
主人公のミルズ刑事が犯人を射殺してしまうが、あの映画では<ためらい>があった。
しかし、この映画では状況はもっと進んでいる。
とうとうというか、やっぱりというか、アメリカ映画がここまできてしまった。

photo of the brave one,  jodie foster, terrence howard
imdbから

 ニューヨークでラジオdjであるエリカ(ジョディ・フォスター)は、恋人ととの結婚をひかえ、幸せの絶頂にいた。
2人が夜の公園を散歩していると、5人組みのチンピラに襲われて、恋人は殺され自分も重傷をおう。

 いままで何の恐怖心ももたずに、街を歩いていた彼女だったが、事件後は恐くて外出を躊躇するようにさえなった。
しかし、閉じこもっていては生活できない。
彼女は勇をこして、普通の生活に戻るのだが、かつての自分には戻れなかった。

 自衛のために、護身用のピストルを買い、いつも携帯するようになった。
合法的に拳銃を所持するには、アメリカでも許可証が必要である。
許可証の入手には30日かかる。
彼女は30日が待てずに、違法拳銃を入手する。
違法拳銃であることが、映画の伏線になっている。


 犯人と遭遇し、復讐のために射殺した、というのなら、問題は少ない。
ほんとうは、近代社会では復讐は否定されており、とりわけ我が国なら正当防衛ですら否定される。
しかし、自立心や自己防衛を肯定するアメリカ社会のこと。
これだけなら、すでにアメリカ映画は、ほぼ全面的な肯定に近い態度である。

 ところが、スーパーでの殺人現場に出くわし、女性が射殺されると、彼女はその場で犯人を射殺してしまう。
夫婦喧嘩なのだが、夫である犯人は凶悪な前科者だった。
次に、地下鉄の車中で、2人のチンピラにからまれて、これを射殺してしまう。

 街を歩いていると、車にのった男から声をかけられた。
車中にはラスベガスから誘拐されてきた女性がのっていた。
女性は暴行を受けて虫の息だった。
彼女は女性を救いだすが、降りたところで犯人の逆襲にあい、やむを得ずに発砲し射殺してしまう。

 事件を追うマーサー刑事(テレンス・ハワード)と、彼女が親しくなる。
誰も女性が犯人だとは思っていない。
ましてや彼女は被害者である。
マーサー刑事は、別事件の内情を彼女にもらす。
彼女はマーサー刑事が追っている犯人を、独断で殺してしまう。

 一連の事件は同一犯で、彼女が犯人ではないかと、マーサー刑事は疑いだす。
しかし、後戻りできない彼女は、自分たちを襲ったチンピラを探しだして、最後の復讐にのりだす。
それを知ったマーサー刑事が現場についたときは、すでにチンピラの2人が殺され、主犯格の男に逆襲されているところだった。

 彼はエリカをたすけ、拳銃を取り上げるが、何と彼女に自分の拳銃を貸して、自分の合法な拳銃でチンピラを殺せという。
そして、違法拳銃をポケットから取り出して、自分を撃つように工作させる。
これでチンピラたちが殺し合ったのだ、という細工ができ、エリカはそのまま現場を離れていく。


 法が正義を執行できなくなるとき、誰でもスーパーマンの登場を期待したくなる。
スーパーマンは警察や裁判などを超越して、正義を実現してくれる。
こうした願望は誰にでもあり、西部劇や時代劇を初めとして、さまざまな映画にもなっている。
しかし、市井に暮らすふつうの人間が、警察に替わって正義を執行する映画は少なかった。

 この映画は、復讐のためのリンチを肯定した「セヴン」をこえて、エリカに正義の執行官をゆだねている。
「セヴン」ではリンチを肯定するために、観客に納得させるよう複雑な展開を用意し、最後の最後にあれなら誰でもリンチに走る。
あれは仕方ない、といった感情をかもすような物語を作っていた。

 この映画には、リンチへのためらいがない。
エリカの復讐によるリンチだけではなく、チンピラや前科者への処刑まで肯定している。
問題は、主人公の設定にある。
スーパーマン的な主人公設定なら、法の逸脱ではなく、法の超越であり、フィクションとして許容できる。
しかし、この主人公はふつうの生活者であり、しかも女性だ。

 いままで弱い存在とされていた女性が、復讐のためにリンチに走り、それを警察官が肯定する。
ニューヨークでは犯罪が減少しているというのに、こうした映画が撮られるのは、女性の自立と同時に、警察など秩序維持機構の破綻があるのだろう。

 自己防衛を肯定するアメリカ社会は、復讐のリンチを認めようとしているのか。
もちろん、そんなことはない。
現実には、警察が取り締まっている。
しかし映画では、「シリアス・ママ」や「セヴン」あたりから、市井の人による復讐劇が描かれるようになってきた。
あの「ミスティック リバー」や「ハード キャンディ」もあった。
そんななかで、この映画である。

 有名俳優は、ジョディ・フォスターしかでていないとはいえ、ニール・ジョーダンが監督したメジャーの映画であり、インディ系の映画とは訳が違う。
やはりリンチが肯定されはじめた、アメリカ社会の反映と見るべきだろう。
この次の映画が恐ろしい。   2007年のアメリカ映画
  (2007.11.20)

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