タクミシネマ        キャンディ

キャンディ    ニール・アームフィールド監督

 天国から始まり、地上そして地獄へ、とオムニバス形式で続く。
愛しあう若い2人が、希望に満ちた人生をふみだす。
2人でいるだけで幸せ。
誰にでもある若い日々である。
詩人志望のダン(ヒース・レジャー)と、画家志望のキャンディ(アビー・コーニッシュ)は、毎日が楽しくて仕方ない。
彼(女)等は麻薬の快楽も知る。
ここまでが天国だろうか。

photo of candy,  abbie cornish, heath ledger
imdbから

 稼ぎのない2人は無一文。
キャンディが売春をして、麻薬を手に入れる。
結婚、妊娠とつづくが、麻薬でお決まりの転落コースをたどる。
ダンの両親はすでに見放している。
キャンディの両親も、引き気味だが、娘かわいさで辛うじて繋がりはきれない。
親代わりだろうか、大学の薬学の教授キャスパー(ジェフリー・ラッシュ)が、暖かく見つめる。
しかし、彼もジャンキーだった。

 何度も何度も麻薬を止めようとする。
しかし、ご多分にもれず、止めることはできない。
とうとうキャンディが精神異常をきたして、施設に入れられてしまう。
キャスパーもオーバードーズで死んでしまう。
ダンは皿洗いをしながら、何とか更生の道を歩き始める。
何年か後、キャンディは麻薬から抜けだすことができた。
そして、ダンのところへ来る。

 しかし、2人は愛し合っていながら、別々の道を歩き始めようとする。
ここで映画は終わる。
ここが地獄というのは、皮肉な感じである。
バスケットボール ダイアリー」など、麻薬から更生する映画はたくさんあったが、
この映画は、通俗的な文部省推薦の映画とは、ちょっと違う肌触りである。
多くの麻薬映画が、貧困を強調し、中毒者を悪人と描く。


 この映画は、主人公の2人が普通の人と描き、しかも豊かな社会の住人なのだ。
麻薬に溺れる2人を、向こう側の人間とは描かずに、観客とまったく同じ人間と前提している。
ここが文部省推薦の映画と、決定的に違う。
豊かな社会では、欲望を満たすことが肯定されている。
麻薬の快楽も例外ではない。
だから、誰でもがジャンキーになりうる。

 我が国では、中年男性がいきなり大学の教師になることはない。
大会社の社員だって、役人だって、若いときから入社しなければ、そんな有利な地位を占めることはできない。
しかし、先進国では雇用が流動化しているから、キャスパーのように中年でも大学に入りうる。

 雇用が流動化していることは、反対にいつでも失職もありうることだ。
個人は浮遊する。
つまり、麻薬に溺れる可能性は、誰にでもありうることだ。
この映画がアメリカ映画ではなく、オーストラリア映画だということが、大きな違いをもたらしている。
この映画は、壊れた人間を見捨てないのだ。

 無一文のキャンディたちでも、流産の危機には病院が対応するし、
とうとう麻薬でいかれてしまえば、やはり施設が対応する。
アメリカは貧乏人に冷たい社会だが、オーストラリアはどうなのだろうか。
この映画のような暖かい対応は、映画だからの話なのだろうか。
少なくと画面を見る限りでは、貧乏の程度がゆるい。

 食べる物もあるし、小さいながら住むところもある。
この映画の描く貧乏は、途上国なら充分に中流の生活である。
途上国では、若い2人が詩人と画家志望で、人生の出発点に立つことはない。
教育を受けた若者が、堅気の職業に就かなくてもすむなんてことは、先進国でしかあり得ない。
しかし、この映画は彼等を責めることはない。

 大学をでた人間が、モラトリアム時代を経験することなく社会人になるのは、
初期の工業社会のありかたである。
こうした2人が生活できる程度に、社会が豊かにならないと、情報社会はその果実を収穫できない。
だからこそ、この2人が落ちこぼれではなく、普通の人と扱われている。
ジャンキーと売春婦にも、温かい目を注いでいる。


 映画は麻薬にトンでいる天国から始まり、リアルな地上をへて、
麻薬から更生し堅気の生活を始めるのが地獄とは、何と皮肉な話だろうか。
この映画は、麻薬それ自体は否定していないように感じる。
麻薬を個人的な快楽の問題としてとらえている。
ただ、ジャンキーになったりオーバードーズだけを、否定しているように感じる。
悪魔を飼いならそう、というのだろうか。  
 2005年のオーストラリア映画
  (2007.9.29)

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