タクミシネマ         ミス ポター

 ミス ポター    クリス・ヌーナン監督

 ほのぼのとする話である。
実話をもとにしているとはいえ、起承転結をおさえた正攻法のストーリー、しっかりした時代考証と豊かなセット組み、無駄のない画面展開、文句なしに星を献上する。
裸もセックスも爆破もないが、奇策を労さずにも充分に面白い映画が撮れる好例だろう。

imdbから

 1900年頃のイギリスでの話。当時、女性は全員が結婚するのが当たり前だった。
また金持ち階級では、女性の行動は厳しく制限されていた。
独身女性が外出するには、どこへでも必ずお供がついてきた。
そんな時代に、ビアトリクス・ポター(レニー・ゼルウィガー)は、30歳を過ぎても独身だった。

 彼女は見合いの話をすべて断って、絵本を出版する夢に生きていた。
当時としては、大変な変わり者だったわけだ。
出版を引き受けてくれる出版社を捜して、彼女は今日も出版社を訪問していた。
こうした映画ではまず断られるシーンが描かれるものだが、それは省略。
いきなり承諾して貰える。
彼女は有頂天になって帰宅する。


 出版社も売れると思って引受けたわけではなく、末の弟ノーマン(ユアン・マクレガー)のあてがい仕事にと、道楽で引受けたのだった。
しかし、彼女の描いたウサギは、まずノーマンの心をつかむ。
編集者こそ一番目の読者である。
編集者が惚れ込んでくれてこそ、一般読者に売れるというものだ。
彼は筆者を励まして、つぎつぎに「ピーターラビット」シリーズを上梓していく。

 「ピーターラビット」が100年を越えるロングセラーになっているのは、今では誰でもが知っている。
その筆者であるビアトリクス・ポターの半生を描いた映画で、彼女は恋人になったノーマンの死を乗り越え、今で言う環境保護のため、印税で田舎の土地を次々と買っていく。
ナショナル・トラストの原形であろうか。

 この映画を見ていると、20世紀初めのイギリスの様子がよくわかる。
いまだ貴族階級が残っており、誰もが身分意識が強烈だった。
彼女の親たちは、ノーマンの家が出版業を営んでいるから、娘とノーマンの結婚には大反対である。
金のために働くことは卑しいことであり、商売人など下層階級だというわけだ。

 ノーマンの突然死によって、この恋は叶わなかったが、印税で買った田舎の家に引っ越した彼女は、その後も作家活動を続ける。
この映画は、新興ブルジョワジーが時間に精確なこと。
当時のイギリスでも土地の開発が進み始めていたこと。
すでに環境保護の意識が芽生えていたことなど、今日的な視点をたくさん盛り込んでいる。

 この映画がもっとも意識的なのは、女性の地位についてであろう。
当時、女性が働ける職場はなかった。
男性だけが職業人だったから、男性に嫁がないと女性は生活ができない。
男を知ってしまった女性は、すでに妊娠しているかも知れず、子供は相手の子か保証の限りではない。
嫁ぐ女性の持参金は、相手の子供を産むこと、つまり処女であることだった。

 親たちは自分の死後も、娘が無事に暮らせるように、嫁入り前の娘に処女性を守らせた。
厳しい監視は、あたたかい親心だったのだ。
ビアトリクスは幸いに絵の才能があり、作家として自立できた。
しかし、彼女の反対例として、この映画はノーマンの姉ミリー(エメリー・ワトソン)を登場させる。
彼女は独身を貫いているが、自活できる才能はない。

 ミリーの家もそれなりに裕福だが、兄弟は他人である。
当面は兄たちが援助を続けるとしても、いつまでも援助を続けるのは可能ではない。
彼女の先が思いやられる。
そう考えると、この映画では2人の女性を並べることが、どうしても必要だったことがわかる。

 1995年の「エンパイヤー レコード」でちらっと顔を見せ、「ザ エイジェント」でトム・クルーズの相手役を務めたレニー・ゼルウィガーは、あっという間の出世である。
可愛い子ちゃん役でデビューし、女を売ったように見えながら、いまやタフな役者である。

 当サイトは「ホワイト オランダー」以来、彼女に注目していた。
彼女はこの映画でも、ブスくメイキャップをし、イギリス訛りの映画を達者に喋っていた。
しかも、この映画では、総製作をやっているらしい。
注目どおりに伸びてくれると、当サイトの映画を見る目が確かであったと、とても嬉しい。


 彼女といいドリュー・バルモアといい、アメリカの女優たちの活躍は、ほんとうに素晴らしい。
戸田奈津子さんの字幕訳が、あまりにも意訳であるのが、ちょっと気になった。
  2006年のアメリカ、イギリス映画
  (2007.9.26)

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