タクミシネマ         主人公は僕だった

主人公は僕だった   マーク・フォスター監督

 小説のなかで殺人がおこなわれても、実際に人が殺されるわけではない。
作家の書く小説は、虚構である。
映画ももちろん虚構である。
しかし、小説の主人公が実在した。
というより、ある男性(ハロルド・クリック)が、小説の描くとおりに行動していた。
ある時、ハロルドがそれに気づく。

photo of stranger than fiction,  will ferrell, dustin hoffman
imdbから

 小説にしたがった毎日を送っていたハロルドは、小説の結末が気になった。
すると何と主人公は死ぬのだ。
彼は慌てて、行動を起こす。
と、奇想天外ではあるが、話は単純なものだ。
この映画の鍵は、彼が相談に訪れた文学専攻のヒルバート教授(ダスティン・ホフマン)である。

 草稿を見せられた彼は、死のエンディングは必然で、死以外の結末はない。
この小説は文学史に残る名作だ。小説の結末に従え、という。
実在の人間の命より、文学史上に残る名作のほうが大切だというのだ。
観念と現実が転倒している、と普通の人は思う。

 現代社会はコンピューターが支えている。
飛行機が飛ぶのも、食料品が店頭に並ぶのも、いまやすべてコンピュータが支えている。
コンピュータのなかでは、機械言語が働いており、その機械言語は虚構なのだ。
虚構の言語に、現実が動かされている。
それが現代社会である。
近々インフラをハイジャックする映画すら、公開されようとしている。 


 小説と実在の主人公というのは、機械言語と現実の比喩でしかない。
この映画の設定は、奇想天外でも何ともなく、現実社会そのものなのだ。
ミネルバのフクロウは、夕暮れに飛翔するの喩えどおり、
かつては現実が先にあり、虚構はその後付であった。
しかし、今や虚構が現実を支配する。
この主題は、「ザ ファン」や「ファイト クラブ」などで、すでに描かれている。

 この映画は、情報社会の映画であることは間違いなく、
我が国では単なるコメディと見られてしまい、主題は理解されにくいだろう。
また、作家がイギリス人という設定で、小説家カレンを演じるエマ・トンプソンがイギリス人、
しかも、自殺願望があるというのも判りにくいかも知れない。
そのうえ、アメリカ人の大学教授が、イギリス・コンプレックスというのも、見損なってしまうかもしれない。

 それに対して、ハロルドが恋に陥るアナ(マギー・ギレンホール)は、わかり易いだろう。
彼女はハーバードの落第生で、パン屋を営んでいるというが、
我が国でも大卒の肉体労働者はいるから、これも今ではあり得る話だ。
皮肉や諧謔を一杯ちりばめた映画で、それなりに楽しめるが、
仕掛けが判ってしまうと、映画的な魅力に不満を感じる。

 見終わった直後には、星を付けようかと思っていたが、
1日たってみると、たいした映画ではなかったと思う。
虚構が現実を支配しているという面白い主題でありながら、
最後にはクッキーを食べるといった、現実のささいなことこそ幸福の証だという。
虚構と現実をならべて、現実に軍配を上げているのは、簡単にすぎる。
着想に頼っているだけだ。

 たしかに虚構である機械言語は、人間に温かさを感じさせてはくれない。
しかし、機械言語で制御された環境は、とても人間に優しい。
生の自然は過酷ですらある。
現実が主、虚構が従であっても、両者は対立するだけではなく、
もっともっと錯綜した関係にあるはずだ。
まだ40歳前の監督だが、前作「チョコレート」などを思い浮かべると、このあたりが限界だろうか。

原題は、「Stranger than fiction」  2006年のアメリカ映画
    (2007.5.22)

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