タクミシネマ  ラブリー・ボーン

2009年の全体傾向と総評       匠 雅音   

 今年見た映画は、ほとんどアメリカ映画ばかりだった。
全部で52本見たが、仏独、仏チェコ、フランス、香港、イタリア、中国がそれぞれ1本ずつだった。
そのため、アメリカ以外の映画の傾向はわからない。
1つ星は11本あった。

 本年のアメリカ映画は、残念ながら小粒な作品が多く、ちょっと寂しかった。
2つ星をつけたのは、「フロスト/ニクソン」と「私の中のあなた」だった.。
前者は2つ星とするか迷ったし、後者もちょっと甘い評価で、星2つになっている。
去年の「ダーク ナイト」のようなエンタメとしても優れ、かつ高度な主題を扱っている作品は見あたらなかった。

 アメリカでは、女性の自立がほぼ確立し、男女が同じ地平に立ちつつあるようだ。
そのため、女性の求める男性像が高くなりすぎて、女性たちが男日照りに陥っている。
自立したとはいっても、女性たちは未だに自分より年上、高収入の男性を捜している。
女性がすでに高給取りになったのだがら、それ以上の高給取りの男性なんて、そういるものではない。

 そんな背景でか、女性の相手となる男性が、じょじょに下方と言ったらいいのか、草食系男子に向かっている。
そんな彼なら捨てちゃえば?」「男と女の不都合な真実」「あなたは私の婿になる」と、これらの映画では自立してしまった女性たちが、草食系男子を相手にしている。
その極め付きが、「理想の彼氏」だった。

 「理想の彼氏」のヒロインは、典型的な肉食系女子である。
すでに2人の子供をもちながら、離婚して16歳年下の男を食べてしまうのだ。
もちろんベッドシーんも、女性のほうが積極的である。
近年、年下の男を食べてしまう映画は、「愛を読むひと」「あるスキャンダルの覚え書き」「ルィーズに訪れた恋は…」と多かったが、「理想の彼氏」では年齢差にくわえて、給料を支払っている相手である。
そうした意味では、「あなたは私の婿になる」では部下を食べてしまうので、同じような傾向だろう。

 自立した女性が下方指向になるのは、当然の流れである。
そういった意味では、アメリカ映画はいたって健全な社会の動きを反映している。
女性の自立が定着にするにつれて、この流れは社会の本流になっていくだろう。
それに対して、我が国では未だに男性がリードする前提が多い。
草食系男子が増えているといっても、それは一時的な現象で、肉食系女子が正しくないのと同様に、草食系男子は正しくないと考えられている。
何年か後には、男女ともに肉食系も草食系もいるのが、当然となっていくだろう。

 ちょっと気になったのは、未成年者とのセックスを描く映画がふえたことだ。
男性が未成年の女性と仲良くなるのは、未成年者虐待と見られて映画化が難しいだろう。
それに対して、女性が未成年の男性を食べてしまうのは、未成年者虐待とは見られないのだろうか。
「愛を読むひと」がその典型例だが、やはり成人女性が未成年男性を誘惑するのも、未成年者虐待だろう。

 成人が未成年者を誘惑するのは、未成年者虐待だから禁止する方向に、現実の社会は動いているように感じる。
しかし、成人の区切りは、あくまで人為的なものであり、肉体の成長とは関係ない。
未成年者同士のセックスは良くて、成人と未成年者とのセックスはいけないというのは、無理な話だろう。
女性の自立は、成人の定義も問うているようだ。

 精通を経験し、性交能力があるようになるのは、10代半ばからである。
20歳までは未成年扱いで、成人のほうから誘ったら未成年者虐待になる。
しかし、これが恋愛となると、許されるのだろうか。
たしかに10代の男性は、勃起能力もたかく、また回復も早いので、肉食系女性たちには大歓迎であろう。
ただ未成年というだけで、年齢の離れた者が付き合って悪いことはない。

 女性の自立はますます進むだろうから、肉食系成人女性が未成年の男性を食べちゃう映画は、これからも撮られていくだろう。
すると、人工的な区切りである20歳という境は、今後見なおされていくだろう。
このあたりに、子供の自立の契機が隠されているかも知れない。
そのなかで、子供をどうとらえるか。
やはりアメリカ映画の主題の一つは、子供であることは今後も変わらないだろうが、本年は子供を主題にした映画は少なかった。

 まったくの印象だが、アメリカ映画が主題よりも、様式美の追求ほうへ向かったのだろうか。
もともと、50年代や60年代を舞台にした映画は多かったが、そうした映画は舞台こそ古くても、主題はきわめて現代的だった。
しかし、「レボリューショナリー ロード」「パブリック エネミーズ」など、本年の映画は主題を失って、様式的なものを追求しているような感じがした。

 「グラン トリノ」「チェインジリング」と、クリント・イーストウッドが老体に鞭打って頑張っている。
この監督は、あまり主題を考えないで、職人的な撮り方も知っている。
そのため、高齢になっても現役が務まるのだろう。
主題追求型は、どうしても年齢とともに、発想が堅くなり時代に取り残される。
そうした意味では、頭で考えずに、身体で動いたほうがタフである。

 「愛を読むひと」など、ケイト・ウィンスレットが上手い役者になった。
また、やや際物女優だったアンジェリーナ・ジョリーが、どこまで成長するだろうか。
彼女は生き方が面白く、ブラピと結婚していながら、他の男とも付き合うと宣言した。
結婚とセックスが切り離されるのか、今後も目が離せないだろう。
(2010.1.7) 

「タクミシネマ」に戻る