タクミシネマ        ノー カントリー

 ノー カントリー  コーエン兄弟 

 オスカーをとった映画なので、何と言ったらいいのだろうか。
緊張感が持続し、不条理を扱って良い映画だとは思う。
しかし、本サイトが星を2つ付けるには、新しいものが描かれているわけでもなく、いささか躊躇いがある。

ノーカントリー [DVD]
IMDBから

 この映画の最大の見物は、
何と言っても殺人鬼アントン・シガーに、ハビエル・バルデムをキャスティングしたことだろう。
酸素ボンベを持ったおかっぱ頭のシガーの異様さは、ただならぬものがあり、
彼が画面に登場するだけで鬼気迫る雰囲気が醸しだされる。
主役の保安官を演じたトミー・リー・ジョーンズを、完全に喰っていた。

 舞台はテキサス。
冴えないベトナム帰還兵のルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)が、
砂漠のまん中で何体もの死体と、何台かのピックアップ・トラックを発見する。
麻薬の取引が決裂して、殺し合いになったらしい。
そこには大量の麻薬と、200万ドルの現金があった。
彼は現金を猫ばばする。

 しかし、その現金には、発信器が仕込まれており、どこまでも追っ手がきた。
その追っ手が、シガーである。
同時に、現場を調べた保安官のエドは、ここで何があったかすぐに察知した。
現場に残された車は、モスのものだと知る。
モスはどこまでも追われるだろうし、彼を保護しないと殺されると思った。


 映画は、モスの妻カーラ(ケリー・マクドナルド)をはさみながら、
モスが逃げる様子とシガーが追う様子を、緊迫した画面でつないでいく。
モスだってベトナム帰還兵だから、拳銃も使えれば、逃げるのも達者である。
彼は逃げ切れると思う。
しかし、シガーは一種の化け物である。

 この映画は、「No Country For Old Men」という原題で、
年寄りが原題社会に抱く違和感を描いていることになっている。
エド保安官は、すでに定年近い。
彼は、簡単に人殺しをする最近の犯罪が、理解できなくなった。
だから、もう辞職しようとしている。
しかし、この違和感には共感しておらず、やんわりと否定されている。

 エド保安官が、かつて警官だった叔父のもとへ行く。
すでに現役を退いて、車椅子の生活を送っている叔父は、
昔も犯罪者は残酷で、世の中は変わらないという。
この映画の現代社会に対する目は、必ずしも時代懐古的だとは言えないだろう。
しかし、エド保安官は、現代に付いていけずに辞職してしまう。

 この映画の本当の主題は、不条理である。
シガーは冷静な奴で、ただモスを殺すためだけに追っている。
しかし、彼はモスだけではなく、大勢の人を簡単に殺してしまう。
すでにモスを殺しあとでさえ、妻のカーラを殺してしまう。
カーラが殺されるとき、コインに賭けろと言われるが、
殺すのを決めるのはあなたでしょ、とカーラがいう。
この台詞が何ともやるせなくて、いかにもである。

 冷徹なシガーは、あたかも殺人機械のように、感情を一切見せない。
障害になる人間を次々と殺していく。
最後のカーラ殺人のあとでは、玄関に立って、靴の裏に付いた血糊をふきとる余裕さえ見せる。
すべての仕事を冷静に終え、彼は車で引き上げていく。
彼には不可能は何もないかのようだ。
しかし、信号無視で飛びだしてきた車にぶつけられて、彼は血だけになってしまう。

 警察の世話になることが出来ない彼は、自分でたんたんと傷の手当てをする。
そして、救急車が来る前に現場から去っていく。
あれだけ冷静に殺人を重ねてきたシガーだが、信号無視の車はよけることができない。
事件の成りゆきからすれば、何とも不条理である。
青の信号が2度見せられたところで、交通事故が予測できてしまうのは、ちょっと興ざめである。


 不条理さの描き方は納得であるが、話の前提自体が少し不自然なのだ。
それに人を殺しすぎる。
砂漠のなかの死体はともかくとして、シガーが殺す人数は10人を超える。
彼は殺人機械だから、感情の動きがないと言えばそれまでだが、この前提がおかしいだろう。

 最初の犯罪が拡大してくところは、「ファーゴ」に似ていた。
「ファーゴ」には拡大していく物語の必然があった。
しかも、人間観察に少しのおかしさを込めて、肯けるものがあった。
しかし、この映画には、殺人が拡大していく必然は、ただシガーの機械的な人格だけだ。

 今回はオリジナルの原作ではなく、
コーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」を映画化したものらしい。
そのせいか、コーエン兄弟の映画にあった、
どこか妙なおかしさ、人間観察の深さのようなものが、今回の映画にはなかった。
原作のあったことが、コーエン兄弟の映画らしからぬ雰囲気を、もたらしているのかも知れない。

 カーソン(ウッディ・ハレルソン)がシガーを追っていくが、彼の役割がよく判らない。
そして、カーソンの雇い主も、役割がよく判らない。
また、カーラの母親に接近するチンピラも、突然に登場しており、ちょっと不自然である。
そう考えると、原作に拘束されたのかも知れない。

 世の中の平均から、どこかずれてしまう人間の哀しさを描くのが、この兄弟監督の特徴だった。
殺人機械のような絶対の悪を描くのは、この兄弟たちには向いていないように思う。
絶対悪を想定しては、人間の哀しさが消し飛んでしまう。
もっと人間心理の機微に入り込むべきだろう。

 この映画はテキサス訛りが激しくて、ほとんど台詞が理解できなかった。
発音だけではなく、表現もずいぶんと違うような感じがした。
ところで、アメリカには日本車がずいぶんと輸出されているが、
テキサスではGMなどの車が多かった。     2007年アメリカ映画
(2008.03.25)

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